ある冬の日―世の中では“クリスマス”と呼ばれている、まあまあ有名な日―の夜。ミサも終わった教会に、静かに入る人影があった。彼の名は広野 紘(ひろの ひろ)。その街の学園に通う青年だ。

 彼は敬虔な信徒などではなかったし、ましてや礼拝堂から何か盗もうと考える不届きな泥棒でもなかった。昼間は“音羽学園”という学び舎に通う、ごく普通の学生だ。ただ一つ、彼の描いた少女漫画が、世間に出回る雑誌に掲載されている事を除いて。

 礼拝堂に入った彼は、そこで雨宮 優子(あまみや ゆうこ)という女性に出会う。

 「人を待っているんです。」

どことなく浮世離れした雰囲気で話す彼女に、持ち前の女難の相からの記憶は危険を知らせていた。
 そそくさと教会をあとにした紘は、優子から逃げるのがなかなか難しい事を、この時まだ知る由もなかった。



 ひんやりとした空気の中、停めていた自転車を走らせようとする紘に、再び女性の声が聞こえる。先程の優子よりは年齢が低い感じだ。それにちらっとでも気を取られたのが良くなかった。彼の自転車は、彼女の身体を載せて走り出していた。猛然とペダルを漕ぎながら、その女の子は言う。

「借りるね! ひったくりなの!」

自己紹介だろうか。兎も角、彼は追いかけるしかないと分かっていた。人生とはそういうものなのだ。きっと。締め切りに追われ続ける彼が息を切らして走った少し先で、先程の“ひったくり”は街路に寝転がっていた。大破した自転車と一緒に。

 何て日だ。

 携帯電話が恐ろしいメールを表示する。「パーティすっぽかして、どこほっつき歩いてるの! バカ! 死んどけ!」幼馴染の新藤 景(しんどう けい)。……本当に酷い日だ。
 これが全ての始まりだとは、紘も、彼女たちも意識はしていなかっただろう。

 こうして、ドラマは進んでいく。その主役であるところの彼らにも、少しの選択権を残して。

―― 『ef - a fairy tale of the two.』序章
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